人間拡張領域の研究者・事業家たちの挑戦【Human Augmentation Challenge(1/2)】

12月14日にHuman Augmentationチャレンジデモデイを実施しました。本noteは、イベントレポートという形で皆さまに当日の様子をお送りしたいと思います。

Human Augmentationトークセッション

東大の暦本先生、稲見先生、慶應の牛場先生、ASICSベンチャーズ代表の蔭山様をお招きしたパネルディスカッションを実施しました。(以下、敬称略)

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左から弊社GP中島、ASICS蔭山様、暦本先生、稲見先生、牛場先生

まずは、皆さんの自己紹介!

―各々、自己紹介も踏まえてHuman Augmentationにどう関わっていますか?

暦本「私の研究フォーカスは、人間拡張でいわゆる想像されやすいサイボーグというよりは、『AIと人間の融合』『ネットワークを介した存在の拡張』です。我々の持つ能力とAIが密接に一体化するような世界観です。」

稲見「身体情報学という分野で、身体に対して生理学や運動学でもなくて『情報学』でアプローチします。VRやウェアラブルデバイスが中心です。”身体”は物理的だけれど、”身体性”は情報として捉えられます。」

牛場「研究とconnect株式会社を通して、BMIを使って脳卒中で失われた身体麻痺の治療をやっています。身体麻痺を重度に患った方でも、本人の運動をイメージした時に脳の中に残存する神経回路の活動を、脳波センサーとAIで読み出し、その機能対象領域が活性化したタイミングで、ロボットを駆動し脳にフィードバックを返すという『ブレインインザループ』を作ることで、脳の中に新しい回路の組み替えを誘導するという技術です。

2021年は、BMIリハビリ医療実用化元年です。日本脳卒中学会のガイドライン改定に”BMIが有効”であるというエビデンスが追加され、一般の医療としてBMIが医学会で認知されました。」

蔭山「スタートアップと積極的に協業を行っていくために、バルセロナや日本でアクセラを開催しています。デジタリゼーションが進む中で、スポーツ用品の将来がどう変化していくか、データ活用によりスポーツビジネスの将来にどの様な可能性があるか、等にフォーカスして、スタートアップとの協業や出資を推進しております。」

脳はしっぽや6本めの指を自分のものと捉えられる?

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ブレインテックで、何ができるようになりますか?

牛場「脳が信号を出すより前に、私たちは脳の中で色々と考えていますが、その考えているプロセスを読み出すことができます。思考のプロセスをAIに分析させ、先に信号を取り出すことで、外部機器を思うままにコントロールできるのです。あとは、外部機械を組み合わせて、逆に脳にフィードバックすることもできます。脳の状態を外に取り出し、それを元に加工した情報を本人にフィードバックすると、元の自然な情報でなくても、人間の脳は1週間~1年ぐらいかけて適用しようとします。脳の適用能力には可能性が高く、例えば古典的な手術で言うと、腕の神経を完全に無くした人の身体に、呼吸器に繋がる神経の1本の枝を腕の筋肉に繋ぎ直したところ、呼吸器から分岐して腕が動くように適用してしまうのです。」

稲見「あえて身体側のポジショントークをすると、身体も究極のBMIだと考えています。身体へのアプローチを通じて、脳に新しい学習機能を働かせる、脳に新しい身体を学習させることに興味があります。例えば、6本めの指を付けるときちんと脳の体性感覚野と運動野が動くんです。単なるワイヤーの張替えじゃなくて、全く新しい身体を脳は学ぶこともできる。一方で、脳に電極を埋め込む場合は、意外とデータ量が多くなってしまうかもしれない。」

牛場「VR上で、人間が猿のしっぽも動かせることができるという研究もあります。私たちは当然しっぽを持っていないので動かし方を分からないはずですが、挑戦するうちにだんだんとコツをつかんできて、最後は自分の身体のように動かすことができます。そして、VR上でしっぽにナイフを突きつけられると、じわっと汗をかいてどきっとする反応も見せる、という面白い結果も見られています。」

埋め込みデバイスと身体間で、インタラクションループを作る。

―人体へのデバイス埋め込みは、現実的でしょうか?

暦本「健常者の身体にデバイスを埋め込むことはそのうち全然ありうると思っていますが、例えば鉄道のパスを代替するデバイスを、ただ身体に埋め込むだけでは何も始まらないと思っています。何よりも、埋め込んだデバイスのインタラクションの設計が重要となります。そのデバイスを通じて収集できるデータ等が自分にとってどういうものかが分かる、何かを獲得するフィードバックループがあると、人間の可塑性を引き出すことができると思います。

人と人の間にコンピューターが入ると、人間拡張が加速する

暦本「人と人のコミュニケーションの間にコンピューターが入っても良いという社会ができると、その間にあるコンピューターで人間拡張できるようになる。例えば、自動翻訳は昔であればウェアラブル等のハードが必要であったかもしれないが、コンピューターが間に入れば、ソフトだけで解決しうる。あとは、時間の概念も興味深くて、youtubeや授業録画等を倍速再生する人が増えていると思いますが、ある敷居を超えると新しい音のチャンクが聞こえてくることがあります。それは、人間の聴覚にまだキャパが合ったというまさに聴覚拡張にあたると思っていて、同様に喋るももっとエンハースできると思います。これはなかなかリアルワールドではなかった概念なので、そういう世界があると思っています。」

「自分がやった」が人間を幸福にさせる

―アスリートは人間拡張の究極なのではと思いますが、ASICSさんはこの辺りどう捉えていますか?

蔭山「脳が人間拡張してスーパーヒューマンになってしまうと、スポーツ用品は逆になくなってしまうビジネスではと考えています。スポーツ用品は、人間と外界の間に摩擦があった上で、人間が自分のしたいことをするために、境目にある障害をできるだけ減らし、パフォーマンスを最大化にするものです。しかし、人間拡張時代の到来も見据え、スポーツ用品も何らかのシフトをして行かなければいけないなと考えています。」

稲見「はこだて未来大学の中小路先生が仰っていたのですが、スポーツアイテムにも3つの分類があると。ダンベル、シューズ、スキー板の3つですが、ダンベルは、使わなくなった時に拡張するようにできています。シューズは、無くても走れるけれど、安全に早く走るためには必要です。スキー板は、あることで新しいプレイができます。人間拡張もこの3分類で考えると、まだ色々やれることが多いんじゃないかな、と思います。」


暦本「ピアノの自動演奏は嬉しくないけれど、自分でピアノが弾けたらすごく嬉しいです。というように、ロボットがスポーツしているのは、人間のサティスファクションや豊かさではないので、人間がスポーツする嬉しさは今後も残っていくと思います。」

牛場「身体と外部環境とインタラクションしながら、色々な経験をして、その経験に基づいて幸福な感情が生まれているので、その幸福感から解放されることはないと思います。脳の拡張や復元に関しては、本来できるキャパシティがあるのに僕らの知識不足で諦める状況が不当だと思っているので、もっとあるべき状態に近づきたいと私は考えています。それは、人間的な豊かさの獲得に繋がるものであり、ディストピア的なことは考えていないです。」

暦本「例えば、自閉症の方に粘土で何を作ってもよいと言うとストレスレベルが一気に下がります。それは、完成品が上手い下手に関わらず、自分で作れているという感覚が人間にとって根源的な幸せだということです。今後テクノロジーを実装するにあたって『効率』と『効能』は分けて捉えるべき概念です。」

―オンラインで、どこまでオフラインの感覚を再現できるのでしょうか?

稲見「空気感は実は恐怖感の裏返しだったりもします。知らない人は何をするか分からない。この恐怖感が実は存在感の根源である可能性もあります。オフラインだと、自分に何かフィードバックやインタラクションがあるのではと感じることが存在感を増やす大きな要因のひとつだと思います。」

暦本「リアルを再現することに邁進しなくても、現実世界でもスマホばっか見ている人がいるように、すでに、現実はハイブリッドの世界だと思います。現実とメタバースをどう組み合わせるかということではないかなと思います。」

私たちは知覚してないれど、脳が気配を捉えている

牛場「一方で『リアリティとは何か?』を研究することで、そのリアリティを別のものに組み込めると思います。例えば、人の顔をZOOMごしに見てもリアリティがないことに対して、人間が知覚できない程度に、口呼吸に合わせて、皮膚の色の赤みを増減すると、それを見てる人は色の揺らぎに気付かないけれど、リアリティを感じるという研究が最近出てたりもします。知覚はできていないけれど、無意識のうちに色々な気配を物理量として受信しているというのが脳の面白いところです。『検出限界以上、知覚以下』みたいなグレーゾーンに様々なユビキタスな雰囲気を感じていると、ハイパーソニック も可聴領域を超える高音があるから、森の中や海の近くにいることを感じるなど。知覚してないけれど、脳はそれを受け取って様々なエモーショナルを処理してるというゾーンを正しく理解できると、ロボットみたいな無機質なものに、リアリティを組み込む方法が分かってくると思います。」

実は身体の感覚を覚えるよりも、忘れるほうが大変

―脳のフィードバックで良い方向に改善する場合の想定が多いですが、逆に予期しない悪い方向への脳の変化という危険性はないのでしょうか?

牛場「再生医療で神経幹細胞を移植すると、色々足を延ばしてしまうみたいなことは、もう問題になっています。これは癌細胞と裏腹なので、狙った方向に神経の接続をガイダンスするというのが安全な方法であると研究されています。しかしそれと同様に、ニューロフィードバックも適切な形でフィードバックするとか、狙った方向に安全にナビゲートするという方法の安全管理ガイダンスが必要だと思います。あとは、ガイダンスを企業努力で、消費者と共通認識を作りながら市場投入することで、リスクを最小化することもあると思うので、社会との合意も大事だと思います。」

稲見「先ほど言及した6本目の指の研究からも分かっている通り、外した後にその部位の感覚がなかなか戻らないという不可逆なことも起こりうります。この辺りも考えて、実験した方が良いという考え方もありますね。身体運動は覚えるのも大変だけれど、忘れるほうがもっと大変なんです。今後、忘れる力の開発も大切なのではと思います。」

知らない間に運動が上手くなる?脳のハッキング

―触覚(皮膚感覚)を使って動作サポートする先行事例はあるのでしょうか?

稲見「こういった研究で、触覚と視覚の統合というのは新しい身体感覚を手に入れるための非常に大きな強力な学習チャンネルだと思います。」

牛場「脳科学では、手の到達運動、例えばもぐら叩きをする際にロボティクスを装着して、本人の手の動きを少しだけ横にずらすような力を、ロボットを通じてフィードバックすると、本人は意識の上で知覚できないけれど、力を与えられたことで軌跡がずれたというグレーゾーンに働きかけることができます。そうすると、脳は明らかに変な邪魔をされたとはなってないけれど、軌跡が思ったよりも横にずれたぞっていう情報を自動的に処理して、次の運動のプログラムを書き換えるという性質があり、次第に手の動きが本人は意識しないけれど変わってしまうという、ある種、脳の学習のハッキングみたいなことが基礎研究でかなりやられています。知らない間に運動が上手くなるというティーチングをデジタルデバイスを使って、触覚から入れてあげるみたいなことは色々できるのかなと思います。」

終わりに

15th Rock Venturesでは、今後もHuman Augmentationに関わるイベントやコンテンツを発信してまいります。何らかのコラボレーションをしてみたいという方はいつでもお待ちしております。ぜひお気軽にご連絡ください!また近々、Human Augmentation2022のカオスマップの正式発表をさせていただく予定です。

引き続き、ご支援のほどよろしくお願いいたします!